機械仕掛けの豚

クソみたいな世の中だと憂う前に、目の前のものを愛そう。

ハローベイビー。

■12/08 12:00
会社の昼休みに、今までに感じたことのない痛みがある、というメールがきた。
「これはいよいよ出産かなあ…心の準備がいるな」
と思った。
そわそわした。


■12/08 17:00
「おうちの人から電話」と聞いて、ドキリとした。
電話に出ると、お義母さんからだった。
陣痛は14時頃に始まったらしい。
カミさんの陣痛の間隔が10分程度に短くなったので
今病院に連れて来たところ、とのことだった。
カミさんが電話に出て、
少し苦しそうな声で「今から来れる?」と言った。
「すぐ行くから」と言って、電話を切った。


電話を切ったら、周りの人たちが
「いよいよじゃね!早く行ってあげんさい、
奥さん助けてあげてね!」
と激励の言葉をかけてくれた。


■12/08 18:00
帰宅後、10分で準備をして家を出た。
親と兄妹に「陣痛が始まった」と連絡をする。
せっかくだからみんなで心配してくれ、と思う。


仕事帰りの時間に重なったので、少し車が多い。
信号待ちの車の中で、
「俺の子供が生まれる…」と考える。
大きなことだ。
大きなことが起ころうとしてる。
なんだかこのところ味わっていないほどの緊張を感じた。


■12/08 19:00
病院に着く。
お義父さんが病院のロビーで待ってくれていた。
案内されて、陣痛室に向かうと、
カミさんが出産用の服を着て待っていた。
痛みをこらえるように、深い息をしていた。
「腰の辺りをマッサージしてくれる?」と言った。
この間百円ショップで買ったテニスボールで、
腰の辺りを転がした。


陣痛は3〜4分に1回のペースで来ていた。
痛みは1度来ると、1分くらい続いた。
その間は痛みでまともには話せない。
苦しそうにするカミさんをひたすらマッサージした。


■12/08 20:00〜22:00
陣痛のペースが上がって、
痛みのない時間が短くなっていく。
それはそれだけ痛みの時間が長くなるということだ。
子宮口は半分以上開いた。
完全に開くと分娩室に移るらしい。
がんばれ、がんばれ…


■12/08 24:00〜02:00
1時間に1回くらいのペースで看護婦さんが診察に来る。
子宮口は8割くらい開く。
夕方頃の苦しさがかわいいものに思えるくらい、
カミさんはとても苦しそうだった。
お義母さんと交代しながら、マッサージを続ける。
時間よ、早く経ってくれ、と願う。


■12/09 02:00〜04:00
「もうちょっとなんです。
もうちょっとで子宮口が全部開くんですけど…。
全部開いたら、分娩室に行けるんですけど」
という看護婦さんの言葉が繰り返される。
マッサージする腕がだるいけど、
カミさんの苦しさは腕どころじゃない、と思う。
何度も時計を見る。


■12/09 04:00〜06:00
なかなか分娩室には移れない。
ゴールはいつなのか?
あとどれくらいこの苦しい時間が続くのか、
先が見えなかった。
母から電話がかかる。
心配で眠れない、どんな状況なの、と聞かれる。
せっかくだからみんなで心配してくれと思ったけど、
こんなに心配かけると思っていなかったよ。ごめんよ。


お義母さんに交代してもらっている間、
談話室のソファで横になった。
明け方には生まれるだろうか、と考える。
病院の中は静かで、外の雨の音が聞こえた。


■12/09 06:00〜07:30
外が明るくなり始めた。
やっと子宮口が全部開いた。
でも赤ちゃんが少し大きいらしく、
もう少しがんばってから分娩室に移りましょう、と言われる。
カミさんは、どこにそんな体力があるのか、
と思うくらいにがんばってた。
分娩室は目の前にあるのに、やけに遠かった。
とにかくこの苦しみから早く助けてあげてくれ、と思う。
あんまり苦しそうで、
そもそもこれは出産のための苦しみだということを、
ちょっと忘れかけた。


■12/09 07:30
分娩室に移る。
「ここまでくれば、あと少しですよ」
という看護婦さんの言葉を信じた。
カミさんもお義母さんも俺も、みんなフラフラだった。
でもやっぱり一番フラフラだったのはカミさんだ。
一晩中あんなに気張れるなんてすごい体力だ。
今日のこのためにがんばってたんだもんな、
散歩も、スクワットも、ストレッチも、
階段の上り下りも、食事制限も。
そういうのを思い出して、目の前の姿を見てたら、泣けてきた。
あともうちょっとだ。
がんばれ、がんばれ、がんばれ。


■12/09 08:30
「見えましたよ!もうちょっとですよ!
しっかり見ていてください、もうすぐ出てきますよ!」
複数の看護婦さんに囲まれる中、
カミさんは最後の力を振り絞っていたと思う。


■12/09 08:39
泣き声をあげて、彼は生まれた。
見た瞬間、何とも言えないわけの分からない感情が込み上げて、
ぼろぼろ泣いた。
カミさんのお腹の上に彼が置かれると、
カミさんはそれを見て満足そうに笑って、
それから俺の方を見て、ぼろぼろ泣いた。


彼は、ものすごくちっちゃいくせに、
ものすごく大きな声で泣いていた。
自分の子供、というより、命の塊みたいに見えた。
母が、子を産んだ。
冗談抜きに、その光景は神々しく見えた。


抱いたら、ずしっとくる重さがあった。
その時「俺、こいつのお父さんなんだな」と思った。
そしたら、また泣けた。


ハローベイビー。
お前のせいでお母ちゃんは大変だったんだぞ。
しかも俺の誕生日に生まれやがって。
文字通り誕生プレゼントじゃねえか。
これから先ずっと、俺の誕生日の存在感がた落ちじゃねえか。


でも、最高のプレゼントをありがとう。
これからずっと、よろしく頼むよ。