機械仕掛けの豚

クソみたいな世の中だと憂う前に、目の前のものを愛そう。

マジックミラーの向こう側


マジックミラーの向こうで
こっちに手を振っている


こっちからはたくさんの人が手を振り返してたけど
向こうからこっちは見えていない
でもこっちからの声だけは届いていた


しばらくするとマジックミラーの向こうには誰もいなくなった


誰もいなくなった後
こっち側では話が尽きることはなかった
自慢話に噂話
どこで見た何を見た
ああでもないこうでもないと
際限なく尾ひれはついていった


誰もいなくなったはずのマジックミラーの向こうで
虚像が生まれた
それはみんなの想像力が生んだ誰かだった
本人のかわりにそこで踊ってた


ある日気に入らないことが起きた


声援の一部は怒号に変わり
煽る者になだめる者
話はいよいよ膨らんで
憶測は憶測を呼んだ
虚像の姿はどんどん変貌していって
あっちへ行ってはこっちへ行って
太ったかと思えば急に痩せたり
暴力的になったり満面の笑顔になったりした


本人が再びマジックミラーの向こう側に立とうとすると
その虚像が邪魔をした


「ごめんなさい
マジックミラーがあれば怖くないなんて言ったけど
何万人いようとも見えるのは自分だけだから怖くないなんて言ったけど


見えない方が怖かった
声だけの方が怖かった


マジックミラーを壊してちょうだい
そうしたらあの虚像もきっと消えるでしょう
怖い怖い怖い
マジックミラーを壊して壊して壊して」