機械仕掛けの豚

クソみたいな世の中だと憂う前に、目の前のものを愛そう。

この十日ほどの間に

梅雨が開けて、突然夏が来た。

 

灰色だった空は鮮明な青色に変わった。

その青を塞ぐように山の向こうには巨大な入道雲が現れた。

 

自転車に乗る前に日焼け止めを塗っても汗で流れてしまって、肌は茶色になった。

 

蝉たちは朝からそこら中で合唱を始めた。

会社の自転車置き場でセミが羽化していて、

踏まれないように誰かが赤いマジックで「セミ注意」と書いた紙をその横に貼っていた。

 

パン屋の軒先の巣の中で身を寄せ合っていたツバメたちはいなくなり、巣だけが残った。

 

そして昨日、父は退院した。

 

病院に迎えに行くから退院の時間を教えてと言うと、また近所のミヤサコさんに送ってもらうからいい、と断られた。

じゃあ顔だけ見に行くわ、と家に着く時間に合わせて、実家に帰った。

 

父は身の回りをざっと片付けた後、やっと好きにできると言いながら昼間から嬉しそうに缶ビールを開けた。

手術の傷跡はまだ少し痛くて力仕事はできない、病院はエアコンが効きすぎて寒いくらいだった、ずっと横になって暇だったからスマホをいじってイヤホンで演歌特集ばかり聴いていた、おかげで文字を打つのは上手くなった、夜は静か過ぎるくらい静かで同室の人にイビキをかく人がいなくてよかった、いくつか仕事の依頼が入り製品や工事の手配はベッドの上で済ませた、入院のことはあまり人には言わなかったんだけど色んな人からどうしたんか大丈夫かと電話が掛かってきた、お見舞いにピオーネをもらった、一つ持って帰るか、とか話した。

 

父は元気そうだった。